焼き上がりの重量比較から見えてきた、自分の癖
焼き上がりの重量比較から見えてきた、自分の癖
休日。自宅のテーブルに3か月分のノートを並べて、バゲットの焼き上がり重量を電卓に打ち込んでいる。
2月から4月までの試作と本仕込みを合わせて、バゲットだけで60本ぶんの記録があった。生地分割は毎回300g。焼き上がりの平均は262g。焼成ロスは平均で38g、12.7%くらい。これは前の店でも同じくらいだったので、まあ妥当な数字だ。
問題はそこではなく、バラつきのほうだった。
数字を並べてみる
60本の焼き上がり重量を分布で見ると、最大270g、最小253g。差は17g。標準偏差は±4.5gくらい。
300gの生地から262gのパンが焼ける作業で、±4.5gは大きい。クラストの厚みや気泡量の違いで多少は出るとは思っていたが、自分の感覚では「もう少し揃っているはず」だった。
最初に疑ったのは窯の癖。3段オーブンのどの段に入れたかで、上下の熱の入り方が違う。なので、ノートを見直して、段ごとに分けて平均を取り直した。上段261.8g、中段262.3g、下段262.1g。0.5gの差しかない。これは誤差の範囲だ。窯のせいではなかった。
計量の癖
そもそも自分は、焼き上がりを必ず1個ずつ計量してノートに書いている。修業のとき師匠に「重量を測れ」と言われたわけではなく、なんとなく始めて、習慣になった。
ノートに書く瞬間、自分は1g単位を気にしている。258gと262gでは、ほんの少し焼成が長かったか、生地の水分が違ったか、心当たりを思い出そうとする。たまに焼き上がりの後の表面の色まで照らし合わせて、自分の中で原因仮説を一つメモする。
3か月、これを毎回やっていた。でも一本ずつの記録だけ見ていると、全体の傾向は見えない。電卓を使って初めて、自分のバラつきの形が出てきた。
左右の差
データを並べて気づいたのは、もうひとつあった。
成形のとき、自分はバゲットを左右2本ずつまとめて作業する。捏ね台の上で生地を並べて、丸めて、ベンチタイムをはさんで、伸ばす。ノートに書くときも左から1番、2番、3番、4番と通し番号を振っていた。
60本の中で、奇数番(左寄り)と偶数番(右寄り)に分けて平均を出したら、奇数番260.1g、偶数番264.0g。差が3.9g。誤差では片づけられない数字だった。
最初は気のせいかと思った。ただ、月ごとに分けても同じ傾向が出ていて、2月3.5g差、3月4.1g差、4月4.2g差。むしろ最近のほうが広がっている。
つまり、自分は左側に並べた生地を、右側より少しだけ強く成形している。または、伸ばすときに少しだけ薄く伸ばしている。焼成後の重量差は、焼成ロスの差で、焼成ロスの差は表面積の差から来る。表面積が広いと水分が抜けやすい。
自分の手の癖は自分では見えない
これに気づいたとき、自分は少しだけ嫌な気持ちになった。
3か月、毎日同じ作業をしていて、毎回計量までしていたのに、左右で力の入り方が違うことに気づいていなかった。データを並べるまで気づけなかった。
自分の手の癖は、自分ではいちばん見えにくい。鏡に映る顔より見えにくい。鏡があっても、見るのは顔のほうで、手は動かしている最中なので静止画にならない。動画を撮ればわかるかもしれないが、毎日撮るわけにもいかない。
数値が動画の代わりだったのかもしれない、と思う。1g単位の重量を3か月積み上げたら、自分の手の癖が静止画になった。
修正の手順
明日から、いくつか手順を変えてみる。仮説で並べる。
- 成形に入る前に、必ず両手を1回ずつ広げてから生地に触る。利き手の癖をいったん抜く
- 並べる順番を、毎日左右逆にする。月曜は左から、火曜は右から。これで左右の差が手順の癖か、手の癖か切り分けられる
- 1か月続けて、もう一度60本ぶんの記録を取って、左右差が縮まるか確認する
縮まらなければ、別の仮説に移る。たとえば伸ばす方向(自分は左から右に伸ばしている)の癖、あるいは生地を置く位置と窯までの距離で水分が違う可能性。一つずつ消していくしかない。
まとめではないが
数字をつけ始めたのは、自分の作業を疑うためではなかった。最初はただ、毎日の記録を残したかっただけ。それが3か月たまると、自分の癖を映す鏡になっていた。
正直、いままで自分は職人として手は揃っているほうだと思っていた。3.9gの差は、その自負を少し削った。だが、削られたほうが先に進める気がする。
来月、もう一度同じ集計をする。そのときに左右差が3.0g以下に縮んでいたらいい。
電卓を片付けて、ノートを閉じた。明日は早番。仕込みの前に、両手を広げてから始めると決めた。