同じ肩こりでも、椅子の高さで処方が変わると気づいたきっかけ

同じ肩こりでも、椅子の高さで処方が変わると気づいたきっかけ

肩こりで来られる方の問診票には、いまは必ず「ふだん仕事で使っている椅子の高さ」を書く欄がある。
開業当初はなかった。書き加えたのは2年目の冬で、きっかけはある一日に立て続けに見た二人の患者さんだった。

ご本人を特定できない範囲で書くと、二人ともデスクワークの方で、年齢も近く、主訴は「右の僧帽筋上部の張り」。触診すると、肩井のあたりに同じくらいの硬結があった。
2年目の私は、ほぼ同じ処方で鍼を打った。一人はその場で「軽くなった」と言って帰った。もう一人は「変わらないかも」と言った。

同じような身体に同じように打って、結果が分かれた。
その夜、家でカルテを見返していて、ふと、二人の椅子の高さがまるで違うことに気づいた。一人は椅子が低すぎて肘が浮き気味、もう一人は椅子が高すぎてキーボードに対して肩がすくんでいた。
同じ「右肩の張り」でも、入り口が違っていた。

肘の角度から、原因の経絡を逆算する

そこから半年ほどかけて、椅子の高さと姿勢を意識して聞くようにした。問診票の余白に、小さく「椅子高さ:高 / 適 / 低」と書く欄を作った。

椅子が高すぎる方は、肘が下から支えられない。肘が宙に浮いた状態で長時間タイピングをしていると、肩を上げて支える癖がつく。これは僧帽筋上部の継続的な収縮で、要するに肩井の周辺がずっと働いている状態だ。
触ると硬結は分かりやすい場所にある。鍼も入りやすい。

椅子が低すぎる方は、逆に肘が下がって、肩甲骨の動きが内側に丸まる。
こちらの場合、表面の肩井よりも、奥のほうの曲垣や天髎が固まっていることが多い。同じ「肩がこる」と訴えても、響くべき場所がだいぶ違ってくる。経絡で言えば、胆経の通り道の張りが前面に出てくることもある。

椅子の高さなんて些細なことに思える。
ただ、毎日8時間そこに座っていれば、月に160時間以上、同じ角度で肩が固定される。年単位で見れば、一回の鍼で動かせる量よりも、椅子の高さ3cmのほうがよほど大きく身体に効いている。これは現場監督だった頃に学んだ感覚で、施工の精度は道具より段取りで決まることが多かった。身体も似ているのかもしれない。

同じ硬結でも、ほぐす順番が違う

それから、椅子の高さによって、ほぐす順番も少し変えるようになった。

椅子が高すぎる方には、肩井から直接入って、上から落とすイメージで処方する。原因がずっと「上げ続けている」ことなので、その筋膜を先に緩める。
椅子が低すぎる方には、まず背中側、特に曲垣のあたりから入る。前面の張りは結果として出ているだけで、原因は背中の丸まりにあるからだ。

最初に肩井から入ると、表面の張りは確かに取れる。ただ、原因のほうがそのままなので、夜には戻る。
だから順番を変えた。これは前にも書いた話だけれど、問診の質問も、処方の手順も、順番というのが思っているより大事だと最近よく思う。

椅子の高さを変えてもらうほうが、たいてい早い

正直に書くと、鍼の処方を分けるよりも、椅子の高さを変えてもらうほうが、効くまでの時間が早い。
これは鍼灸師としてどうかと思う部分もあるのだけれど、事実だから書いておく。

私は最近、施術後に椅子の高さを2-3cm変えてみてくださいと伝えることが増えた。
肘が机に対して90度より少し開く程度が目安で、本人が「楽だな」と感じる範囲で動かしてもらう。次回来られたときに「変えてみたら寝起きの肩がだいぶ違った」と言われたことが、これまでに4-5回ある。

鍼を打ちながら、椅子の話をする。
場違いな気もするが、これも東洋医学なのかもしれない、と最近は思っている。身体だけを見ても駄目で、その身体が毎日置かれている工程ごと見立てる。霊枢にはそういう発想がある気がする。たぶん書いてあるんだろう、私が見つけられていないだけで。


椅子の高さで処方が変わると気づいたあとも、私は患者さんの肩を触ってから問診する癖が抜けない。
触らないと分からないこともある。ただ、触る前に椅子の高さを聞いておく価値は、確かにある気がする。

開業4年目のいまも、ときどき外す。
特に椅子が「ちょうどいい」方の肩こりは難しい。原因が椅子じゃないということが分かるだけで、その先はまた別の段取りで聞いていくことになる。まあ、そういうものだろう。

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