先代の道具箱を、いまも自分の旋盤の脇に置いている

先代の道具箱を、いまも自分の旋盤の脇に置いている

私の旋盤の右脇に、深さ20cmほどの古い木製の道具箱が置いてある。
親父の道具箱だ。親父が亡くなって11年になるが、中身もほぼそのまま、私の作業位置の手の届くところに置き続けている。

蓋には、親父の字でうっすらと屋号が書いてある。
墨で書いたものが半分消えて、ガソリンや切削油の跡で汚れていて、いまはほとんど読めない。

中身は職人の道具と、職人の癖

道具箱を開けるとこんなものが入っている。

古いノギスが2本。三菱とミツトヨで、どちらもアナログだ。
ヤスリが7、8本。平・半丸・三角・丸が混ざっていて、それぞれ目の細かさが違う。
ケガキ針が3本。先端の角度がそれぞれ違う。
木製の毛羽叩きが1本。これは切粉を払うのに親父が使っていた。
それから、油の染みた手ぬぐいが1枚。これは親父が最後の頃まで首にかけていたものだ。

道具としては、現役で使えるものと、もう使えないものが混在している。
ノギスは0.05mmの誤差が出ているから、いまの現場では使えない。ヤスリは、目が摩耗していて、切れ味としては新品より落ちる。それでも、捨てずに置いてある。

なぜ置き続けているのか、自分でも整理できていなかった

去年の冬、若い職人のNから「これ何で置いてあるんですか」と聞かれた。
Nは3年目で、私の親父のことを直接は知らない。聞き方に他意はなかったと思う。

そのとき、私はうまく答えられなかった。
「先代のだから」と言って終わった。Nもそれ以上は聞かなかった。

事務所に戻って、なぜ置き続けているのかを、一度考えてみることにした。
思い出が大事だから、というのは、当たり前すぎて答えになっていない気がした。それだけなら倉庫に仕舞ってもいい。手の届くところに11年置いている理由は、もう少し別のところにあると思った。

ヤスリの減り方が、親父の手順を覚えている

道具箱の中の平ヤスリを1本、取り出してみた。
細目の平ヤスリで、目立てはもうほとんど消えている。柄に近い側はあまり減っていなくて、先端から3分の1のあたりが、はっきりへこんでいる。中央が一番使われた、という減り方だ。

これを見ていると、親父がヤスリをどう動かしていたかを、体が思い出す。
親父は端から端までヤスリ全長を使う人ではなく、中央を中心に短く動かす癖があった。バリ取りでも面取りでも、その動きだった。私が修業の最初の頃、親父に「端まで使え、もったいない」と言われたが、本人は端を使っていなかった。本人もたぶん、その癖に気づいていなかったと思う。

このヤスリの減り方を見ると、その動きが視覚で再生される。
そして、その動きは私自身もいつの間にか身につけていて、いまの私のヤスリも、中央が同じように減っている。並べてみると、親父のものと私のものは、減り方の山の位置が同じだった。

古いノギスを手に取ると、判断の輪郭が戻ってくる

道具箱の三菱のノギスは、いまの精度では使えない。
それでも、私は判断に詰まったとき、これを一度手に取る癖がある。これも自分で気づいたのは、二、三年前のことだ。

ある日、A社からの試作で、内径の公差が0.005mmという厳しい指図が来た。
うちの設備では限界に近い。受けるかどうかを、見積もりを書きながらしばらく考えていた。そのとき、無意識に親父のノギスに手が伸びた。古いノギスを開いて、また閉じて、机に戻した。

そのあと、見積もりに「受ける」と書いた。
親父のノギスは、判断に直接答えてくれるわけではない。ただ、手に取ると、親父がこういう難しい指図を持ち帰ってきたときの、夜の事務所の空気が思い出される。親父は難しい指図ほど受けたがる人だった。「うちでしかできないなら、うちがやるべきだ」というのが口癖だった。

その言葉を、ノギスを通して聞き直している、ということなのかもしれない。
これは合理的な判断ではないし、ノギスがなくても私は受けたと思う。ただ、受けたあとの自分の腹のすわり方が、ノギスを触ると違う。

道具箱は、外部記憶装置のようなものになっている

11年置き続けて、最近思うのは、これは思い出というよりも、外部記憶装置のようなものだということだ。
親父の手順や判断の癖は、本人が亡くなった時点で大半が失われたはずだった。本人が言葉にしていなかったし、私も全部聞き取れていなかった。

ただ、道具箱の中の道具は、親父がそれをどう使ってきたかの痕跡を残している。
ヤスリの減り方、ノギスのアタリ、ケガキ針の先端の角度。それを手に取るたびに、親父がやっていた動きが私の体に再生される。記憶を体で持っている、と言うと大袈裟だが、近い感覚はある。

私が60歳になって、自分の死後にこの道具箱がどうなるかを、たまに考える。
うちの息子は工場を継がない。三代目はいない。だから、この道具箱は私の代で終わる。
若いNに渡しても、Nは私の親父を知らないから、減り方の意味が伝わらない。

それでも、たぶん最後まで置いておく

道具箱を倉庫に仕舞うべきか、と考えた時期もあった。
最近は工場のスペースも限られているし、現役で使えない道具を作業位置に置いている合理性は、たぶんない。

それでも、たぶん私は最後まで置いておく。
私自身の判断のために必要だ、ということに、最近やっと自分で気づいた。Nに聞かれたとき答えられなかったのは、自分のためのものを残しているだけで、教育的な意味はなかったからだ。

来年から、もう少し中身を整理しようと思う。
明らかに使えないものは外して、現役で使えるものと、判断の助けになるものだけを残す。それで道具箱が軽くなって、もし最後に処分するときに、捨てるのが少し楽になる。

そういう日のことを、たまに事務所で考える。
親父がこの道具箱を、自分が死んだあとどうしてほしいと思っていたかは、聞いていない。聞いておけばよかった、と思うことが、年に一度くらいある。

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