同じ酒米でも、農家ごとに扱いを変えなければいけない理由
同じ酒米でも、農家ごとに扱いを変えなければいけない理由
来期米の打ち合わせから、今日戻ってきた。
うちが付き合っている契約農家は5軒で、全員が山田錦を作っている。同じ品種、同じ等級、同じ年の同じ地域。けれど、来期も5軒ぶんを別々の覚書として整理し直している。これは20年やってきて、いまでも続けている仕事の一つだ。
修業に入った頃の私は、品種さえ揃っていれば米は同じだと思っていた。
等級が同じなら扱いも同じだろう、と思っていた。これが外れていると気づいたのは、たぶん入って5年目か6年目だ。同じ山田錦の特上を、その年だけ別の農家からも仕入れることになって、いつもの吸水時間で蒸したら、蒸し上がりが硬かった。表面は炊けているのに、芯がまだ立っていた。
そのときは「米が悪かった」と思った。
いま思うと、米は悪くなかった。私が同じに扱おうとしたのが間違っていただけだった。
3年前、5軒の山田錦を1年分まとめて測った
本当に農家ごとに違うと数字で分かったのは、3年前のことだ。
その年、ちょうど契約農家の世代交代の時期と重なって、Hさんの息子さんが田んぼを継ぐタイミングだった。私はせっかくの機会なので、5軒の山田錦をそれぞれ20kgずつ分けてもらって、別ロットとして1年ぶん扱ってみた。
結果は、自分でも驚いた。
等級も品種も同じなのに、吸水時間が同じでは蒸し上がりが揃わない。蒸し上がりが揃わないと、麹のできも揃わない。麹が揃わないと、もろみの経過も別の動きをする。同じ「山田錦の特上」と書かれた米なのに、5本のもろみは5本とも違う表情を見せた。
そのときに取った数字をまとめると、こうなる。
| 農家 | 田の場所 | 粒の平均粒度 | 吸水時間の調整 | 蒸しの加減 | 麹の破精込み傾向 |
|---|---|---|---|---|---|
| Hさん | 山際の段々田 | やや大 | 基準より-30秒 | やや硬めに | 中破精で安定 |
| Mさん | 川沿いの平地 | やや小 | 基準より+45秒 | 通常 | 突き破精寄り |
| Sさん | 谷あいの棚田 | 中 | 基準どおり | やや軟らかめ | 中破精で遅め |
| Iさん | 平地の大区画 | やや大 | 基準より-20秒 | 通常 | 中破精で速い |
| Kさん | 山の中腹の小区画 | 中 | 基準より+15秒 | やや軟らかめ | 突き破精寄り |
これは個別の蔵の、個別の田んぼの数字なので、誰でもそのまま使える数字ではない。
ただ、同じ品種同じ等級でこれだけ違うということは、書いておきたいと思った。
違いの原因は3つに集約された
3年間、毎年同じ5軒から仕入れて、同じ記録を取り続けた。
そうすると、農家ごとの違いは年が変わってもだいたい同じ方向に出る、ということが見えてきた。違いの原因は、私の見立てでは大きく3つに集約される。
1つ目は土の水はけ。
山際の段々田の米は粒が締まっていて、吸水が早い。川沿いや谷の田は粒がややふっくらしていて、吸水に時間がかかる。これは私が田んぼに見学に行って、足元の土を見たときの感覚と一致している。
2つ目は収穫のタイミング。
Hさんは早めに刈る。Sさんは天気を見て最後まで粘る。これは農家それぞれの判断で、私が口を出すことではない。ただ、その判断が米の中身を変える。早く刈った米は心白がやや小さく、遅く刈った米は心白が大きいが胴割れが出やすい。
3つ目は乾燥の仕方。
これは農家によってかなり違う。Hさんは低温で時間をかけて乾燥させる。Mさんは早めに仕上げる。乾燥が早い米は、吸水のときに水の入り方が一気になりがちで、表面が割れやすい。
3つの原因が組み合わさって、農家ごとの「米の癖」ができる。
私はその癖を、覚書として毎年更新している。新しい年の米が届いたら、まず一掴み手に取って頬に当てる。指の感覚と、頬の冷たさで触ったときの伝わり方で、その年の米の硬さを大まかに掴む。これは20年やってきて身についた一番細かい癖で、たぶん他人には渡しにくい。
揃えるのではなく、蔵で受ける
ここからが、若い蔵人にいつも話していることだ。
農家に「来年は粒度をもう少し揃えてほしい」と言うのは、私はしない。20年付き合ってきて、それは農家の仕事ではないと思っている。農家は田んぼと天気と相談して、その年の最善で米を作る。私の仕事は、その米を受けて、蔵の側で調整することだ。
5軒の米を同じ蔵で扱おうとすると、吸水時間を5パターン用意することになる。
蒸しの時間も微妙に変える。麹の引き込みのタイミングも、米によって少しずつずらす。これは手間が増える。蔵人にも、5パターンを覚えてもらわなければいけない。
楽をしようと思えば、契約農家を絞って、米の癖を1つに寄せた方がいい。
けれど、私はそれをしない。地元の5軒との付き合いは、米だけの取引じゃない。Hさんとは私の親父の代からの付き合いで、Mさんは私が蔵に入った年に田を継いだ。Sさんは新規参入から10年やってきた。一人欠けても、うちの蔵の味は変わってしまう。
顔が見えていないと、この調整は成立しない
これは業界の中の話になるが、最近、契約農家を顔の見えない卸経由に切り替える蔵が増えている。
卸を悪く言うつもりはない。経営の判断としては正しいときもある。ただ、卸経由になると、農家ごとの癖を蔵で覚えることが難しくなる。何軒の米が混ざっているか分からない袋の米は、品種と等級でしか判断できない。
私は卸経由の米を否定はしないけれど、自分の蔵では使えない、と感じている。
20年やってきて、農家の顔と、その田の足元の土と、米の癖が頭の中でつながっている。これを手放すと、私の判断は半分くらいの精度になる。
H さんの田んぼに行ってきた話
今日の打ち合わせの帰りに、Hさんの田んぼに寄ってきた。
田は雪解けで土が出始めたところで、まだ田起こしの前だった。Hさんと一緒に田の端を歩きながら、来期の作付け面積の話をした。私の蔵の仕込み量がここ数年で1割落ちているので、Hさんからの仕入れも少し減らさざるを得ない。これを話すのは気が重かった。
Hさんは、想定していたらしい。「来期はうちも息子に任せる面積を増やすから、ちょうどいい」と言ってくれた。
そう言ってもらえたが、私の中では少し残るものがあった。Hさんの田の米は、うちの蔵の山田錦の半分を支えてきた。仕入れを減らすということは、その半分の味を変えるということだ。減らしたぶんを他の農家に振り分けたとしても、同じ味にはならない。
これも、20年やってきて分かったことの一つだ。
米の癖は揃えられない。揃えられないものを、蔵の側でどう受けるか。それが地酒の蔵の仕事だと、私は思っている。
事務所に戻って、5軒ぶんの覚書を更新している。
Hさんの欄に「来期、作付け0.5町減」とだけ書いた。蒸しの加減と麹の調整は、来期の米が届いてから、もう一度米を頬に当てて決め直す。20年やっても、毎年そこから始める。