介護記録のシステムを変えた半年、紙ノートを1冊だけ残した理由
介護記録のシステムを変えた半年、紙ノートを1冊だけ残した理由
うちの施設の介護記録が、半年前に紙から電子記録システムに切り替わりました。
タブレット端末で日々の記録を入力する形に変わって、私たちユニットスタッフは最初の2週間、入力に手間取って残業時間が増えました。3週間目から慣れてきて、いまでは紙の頃よりむしろ業務が早く回っています。
導入を決めたのは法人本部で、私たちユニットリーダーは「現場の運用を整える」役割でした。
半年経ったいま、ユニット内のスタッフが「紙に戻りたい」と言うことはほぼなくなっています。電子化の判断は、結論として正しかったと思います。
ただ、私は半年経った時点で、自分の判断として紙ノートを1冊だけユニットに残しました。施設長には事後報告で了承をもらいましたが、当初の方針からは外れた運用です。
なぜ1冊だけ残したのか。半年の振り返りも兼ねて、書き留めておきます。
電子化で、本当に便利になったこと
最初に、電子記録の良かった点を書いておきます。これは事実ベースの話で、紙には戻れない、と思う変化が確かにあります。
検索性は別物になりました。
「Mさんの3ヶ月前の食事摂取量の傾向を見たい」と思ったとき、紙のノートだと過去のノートを引っ張り出して、該当日を探して、目で追って集計する必要があった。これに30分かかっていた。電子化したいまは、Mさんの記録画面を開いて期間指定するだけで、グラフで見える。3秒です。
家族説明のときも違います。家族面談で「最近、母の様子はどうですか」と聞かれたとき、私は端末を一緒に見ながら、過去2週間の食事・排泄・睡眠・活動の記録を見せながら話せるようになりました。紙の頃は「だいたいこんな感じです」と私の記憶ベースで話していたのが、データで示せる。家族の安心感が変わりました。
申し送りも早くなりました。日勤から夜勤への引き継ぎは、夜勤者が端末で日中の記録を読んでから現場に入る、という運用に変わりました。口頭の申し送りは「補足事項だけ」になって、20分かかっていたものが7〜8分で済むようになっています。
これらは紙では再現できない便利さです。電子化の流れは止まらないし、止めるべきでもない、と私は思っています。
それでも、紙のノートで失われたものがあった
便利になったのと同時に、半年やってみて、紙のノートにあった何かが消えていることに気づきました。
最初は「気のせいかな」と思っていましたが、徐々にユニットのスタッフからもぽつぽつと声が上がるようになって、ああ、消えたのは気のせいじゃないんだ、と整理がついてきました。
消えたものを言葉にすると、「行間」と「温度」です。
紙のノートには、書き手の手書きの癖がありました。
夜勤明けで疲れている人の字は、いつもより斜めに崩れている。利用者さんの状態が良くて気分が上がっている日のスタッフの字は、心なしか丸い。「Mさん、今日も笑顔」と書いてある下に小さな絵が描き添えてあったり、文字と文字の間に矢印で補足が入っていたり、走り書きの「!」が3つ並んでいたり。
電子記録ではこれが全部消えました。記録は均一なフォントで、整列して、整然と並んでいます。情報としては同じです。けれど、書き手が「何を強調したかったか」「どんな気持ちで書いたか」は、行間からは読み取れなくなりました。
ユニットスタッフの一人が「電子記録、なんか冷たく感じるんです」と言っていたのを覚えています。私はその場では「慣れですよ」と返しましたが、内心では、彼女が感じていることは正しい、と思っていました。冷たいのです、電子記録は。手書きの紙より、明らかに。
紙ノート1冊だけ、何を残したか
それで、私が残すと決めたのが、「気持ちの履歴ノート」と私が呼んでいる1冊です。
A5のリングノート、表紙に何も書かない、ユニットの作業台の引き出しにしまってある。スタッフが書きたいときに書いていい、というルール。
このノートに書くのは、利用者さんごとの「気持ちの動き」だけです。
ADL、バイタル、食事量、排泄、服薬、そういう客観的な記録は全部電子化したシステムに入る。気持ちの履歴ノートに書くのは、システムには載らないものです。
たとえば、
「Mさん、今日の昼食後、窓の外を見ながら『そろそろ桜やね』と何度かつぶやいていた。3週前にも同じことを言っていた。出身の九州の桜の話かもしれない、と家族に確認してみるといいかも」
「Fさん、入浴前に『今日はやめとこうか』と言って首を振った。声のトーンが、普段の入浴拒否のときと少し違って、本気で疲れている感じ。次のシフトの人に共有」
「Iさん、夜勤中に呼び出しボタンを押して『話したかっただけ』と言った。寂しさが強い夜のような気がする」
こういうものを、書きたい人が書く。書かなくてもいい。
電子記録システムにも「特記事項」というフリーテキスト欄はあるのですが、そこに書くと公式の記録になってしまう。家族や行政が見るかもしれない記録に「寂しさが強い夜のような気がする」と書くのは、書く側がためらいます。書き手の主観で利用者さんを評価することになるのは、業務の記録としては妥当ではない。
紙ノートだと、これが書けるのです。
書き手の名前も書かない。日付だけ。「今日のMさんはこうだった」を、スタッフの誰かが感じたまま、誰でもないところに置いておける。
ケアプランには書けないことを、どこに置くか
介護記録の電子化を進めるなかで、私が一番気になっていたのは、ケアプランやアセスメントシートに乗らない情報の置き場所が、どこにもなくなる、ということでした。
電子記録のフィールドは、入力すべきことが構造化されています。摂取量、回数、時間、状態。これは便利さの裏返しでもあって、構造に当てはまらない情報は「どこにも書かなくていい情報」になりがちです。「窓の外を見ながらつぶやいた一言」は、電子記録のどのフィールドにも入らない。だから書かない、になる。書かないと、その情報は1週間で消える。
でも、これは介護の現場では拾わないといけない情報のはずなんです。
利用者さんが何度も同じ話題を口にしているなら、それはその人の今の関心が映っている。家族と話すときの糸口になる。看取りが近づいたときに、本人の気持ちを察するためのヒントになる。データにはならないけれど、人として接するための情報です。
電子化の議論は「効率」を軸に進みがちです。私もそれに乗って半年やってきました。
ただ、効率化されない部分を「効率化に向かない」と切り捨てるのではなくて、効率化のシステムの外に小さく置いておく、というのが、たぶん介護の現場では大事なんだと思います。
だから1冊、紙のノートを残しました。
電子記録があって、その横に、誰も提出しない手書きのノートが1冊だけある。
半年経って、この形がしっくりきています。施設長には「これは制度上の記録ではないので、行政監査の対象外として運用します」と説明して、了解をもらいました。たぶん、こういう線引きの設計まで含めて、リーダー業務の一部なのだろう、と最近よく思っています。