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この記事は、ひとりでつくるSaaS - 裏note Advent Calendar 2025 の16日目の記事です。
https://adventar.org/calendars/12464
個人開発で「Memoreru」というプロダクトを作っています。知識を整理し、思考を育てるためのツールです。
この記事では、「流れる」情報と「残る」知識について考えてみます。
技術的な話はQiitaのアドベントカレンダーで書いています。ご興味のある方は、そちらもご覧ください。
https://qiita.com/advent-calendar/2025/solo-dev-memoreru
SNSを開くと、情報が次々と流れてきます。
今日話題になっていたニュースが、明日には見つからない。1週間前のポストは、もう遠い過去。検索しても出てこない。
タイムラインは川のようです。流れてきたものは、そのまま流れ去っていく。
便利な面もあります。常に新しい情報が手に入る。古いものに縛られない。でも、ふと思うことがあります。
流れていった情報の中に、本当に大切なものはなかったか。
情報には「フロー型」と「ストック型」があると言われます。
フロー型は、流れていく情報。ニュース、タイムライン、チャット。今この瞬間に価値があり、時間が経つと意味が薄れる。
ストック型は、蓄積される情報。Wikipedia、書籍、ドキュメント。時間が経っても価値が変わらず、むしろ深まることもある。
現代のインターネットは、圧倒的にフロー型に傾いています。
Xのタイムライン、YouTubeのおすすめ、TikTokのFor You。どれも「今」を切り取り、次々と新しいものを見せてくる。
これは技術の問題というより、ビジネスモデルの問題かもしれません。広告収益は滞在時間に比例する。だから、次々と新しいコンテンツを流し続ける設計になる。
一方で、情報を「残す」とどうなるでしょうか。
過去のメモを読み返す。1年前の自分が何を考えていたか知る。あのとき調べたことが、今の課題と繋がっていることに気づく。
残すことで、点が線になります。
バラバラだった知識が構造化される。「あのときのあれ」と「今のこれ」が繋がる。自分だけの知識体系が育っていく。
これはフロー型の情報消費では得られない体験です。
「情報は残さなくても、また検索すればいい」
そう思うこともあります。実際、検索すれば大抵のことは見つかる。
でも、検索で見つかるのは「世の中にある情報」です。「自分がどう解釈したか」「何と何を結びつけて考えたか」は、どこにも残っていない。
情報を消費するだけでは、自分の中に何も残らない。
同じことを何度も調べる。調べるたびに微妙に違う情報に出会う。結局、自分の言葉で整理しないまま、また流れていく。
情報を残す行為は、実は「考える」行為そのものです。
何を残すか選ぶ。どう整理するか考える。自分の言葉で書き直す。
このプロセスを経ることで、情報は初めて「自分のもの」になります。
ただコピペするだけでは意味がない。読んで、咀嚼して、再構成する。その手間こそが、知識を定着させる。
フロー型を否定しているわけではありません。
新しい情報をキャッチするにはフローが必要です。トレンドを知る、議論を追う、速報を確認する。フローにはフローの役割がある。
問題は、フローだけで終わってしまうことです。
流れてきた情報の中で、大切だと思ったものは残す。残したものを定期的に見返す。見返す中で、新しい発見がある。
フローで出会い、ストックで育てる。この両方が揃って、初めて知識は深まります。
私がMemoreruを作っているのは、この「残して育てる場所」が必要だと感じているからです。
タイムラインのように流れていくのではなく、図書館のように蓄積されていく。自分のペースで整理し、必要なときに取り出せる。
そして、他の人が残した知識とも繋がれる。自分だけでは気づかなかった視点に出会える。
フローの世界に、ストックの島を作る。そんなイメージで開発を続けています。
知識が流れて消えていく時代に、あえて「残す」ことの意味を考えてみました。
すべてを残す必要はありません。でも、「これは大切だ」と思ったものを残せる場所を持っておくことは、長い目で見ると大きな差になる気がしています。
開発の過程で考えたことを、引き続きこのnoteで書いていきます。
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