麹の出来を、湿度より触感で決めるようになった20年
麹の出来を、湿度より触感で決めるようになった20年
留仕込みが終わって、麹室の片付けを蔵人に任せて、事務所で記録をつけている。
今期の留麹の出麹を、いま画面に入力した。出麹温度41℃、品温の上がり方は緩やか、破精込みは中破精、表面はやや乾き気味。ここまでが数値と分類でつく記録。最後の欄に「触感:良」とだけ書いて、保存した。
この「触感」という欄を作ったのは3年前、紙の帳面からデジタル記録に切り替えたときだ。
作ってから3年経って、いまだに自分でこの欄に何を書けばいいか迷う。良・並・不安、の3段階で済ませている。書けば書くほど嘘っぽくなる気がして、長くは書かない。
修業に入った頃、私は温湿度計しか見ていなかった
20年前、蔵に入ったばかりの頃の私は、麹室の温湿度計の前に張りついていた。
室温32℃、湿度65%、品温が上がってきたら掛け布を半分外す。手順は紙の工程表に書いてあって、その通りに動けば麹はできる。先輩の杜氏に「いいんだよ、まずはその通りで」と言われたので、その通りにやった。
最初の3年くらいは、それで麹は成立していたと思う。
ただ、自分が何をやっているのかは分かっていなかった。室の温度を上げ下げする手順は覚えたが、なぜ今そこを下げるのか、と聞かれると答えに詰まった。先輩の杜氏は答えてくれなかった。「20年やれば分かる」と言われて、私はそれを「教える気がない」と勘違いしていた。いまになって思うと、本人も言葉にできなかっただけだ。
30歳の春、室の温湿度計が壊れた朝
転機は記録に残っている。2009年の春、私が30歳になったばかりの頃だ。
留麹を引き込んだ翌朝、4時に室に入ったら、温湿度計が動いていなかった。前夜から壊れていたらしい。代わりの計器は事務所にあったが、取りに行って付け替えるのに15分かかる。その15分の間に、品温が上がる時間帯に当たっていたら、判断を一回飛ばすことになる。
私はその朝、計器を取りに行かなかった。
麹米の山に手を入れて、根元の温度を手の甲で測った。表面の乾き具合を、親指の腹で2粒ほど潰して確かめた。破精の進み具合は、目を凝らして見るしかなかった。30分くらい、計器なしで麹米と向き合った。
正直に書くと、その朝の判断は外していたと思う。
出麹のときの破精込みは少し甘く、その日の酒母の経過もいつもよりゆっくりだった。ただ、致命的に外したわけではなかった。私が一番驚いたのは、計器がなくても完全に外すわけではない、ということだった。手と目だけで、麹はある程度判断できる。そういうものを、いつの間にか自分の中に持っていたらしい、と気づいた朝だった。
触感で決める、ではなく、触感を最後に置くようになった
それから20年近く経って、いま私が麹で何を見ているかというと、これは説明しにくい。
品温は計器で見る。湿度も見る。出麹のタイミングは経験で大枠を決める。ここまでは数値と工程の話だ。
その上で、最後に必ず麹米を一掴み手に取って、親指の腹で潰す。
潰したときに、粒の中の心白が乾いた音で割れるか、湿りを残してわずかに撓むか。それで仕上がりを判断する。湿度計の数字より、この一掴みの方が分かることがある。
これを「触感で決めるようになった」と人に言うと、たぶん誤解される。
私は計器を捨てたわけではない。20年前の私と違うのは、計器の数字を一度受け取った上で、最後に手を加えて確認する、という順番に変わっただけだ。計器が正しくて触感が間違っていることもあるし、その逆もある。両方並べて、それでも違うときに、もう一度麹米を見に行く。
5年前から、数値と触感が同じ結論を出すようになった
42歳のあたりからだったと思う。
計器の数字を見て「今日は出麹を半時間延ばす」と決めたあと、念のため麹米を一掴み確認しに行くと、触感でも同じ結論になることが増えた。違わない、というのが分かるようになると、確認の手間が減る。気持ちの上では、その確認をやめてしまってもいいくらいだった。
ただ、やめなかった。
やめなかった理由を自分で考えてみると、たぶん2つある。1つは、年に1回か2回、数値と触感が違う日があって、その日は触感の方が当たることが多いから。もう1つは、確認する動作そのものが、私の中で麹を見るという行為の輪郭になっているから。手で触らない日があると、その期の麹に対して、自分の判断が一段薄くなる感覚がある。
いまだに分からない年がある
20年やっても、毎年同じことが言えるかというと、そんなことはない。
今期は11月の冷え込みが遅くて、麹米の吸水率がいつもの感覚と少しずれた。例年なら45分の浸漬で十分なところ、今期は48分まで取った。それでも蒸し上がりがやや硬く、麹の破精込みが進みにくい日が続いた。
こういう年は、いまでも手探りになる。
触感も計器も、両方ともいつもの基準が当てにならない。20年やってきて、毎年違うことがあるというのが分かったのが、せいぜいの収穫かもしれない。「20年やれば分かる」と先輩が言っていたのは、たぶん「20年やっても分からない年がある、と分かる」という意味だったと、最近思うようになった。
後継者に渡すために、記録の書き方を変えている
3年前にデジタル記録に切り替えたのは、後継者のためだ。
うちの蔵は私のあと、すぐに杜氏を任せられる蔵人がいない。30代の蔵人は2人いるが、一人前になるにはまだ何年かかかる。私が60歳になる前に、何かのかたちで触感の中身を渡しておきたい、と思うようになった。
ただ、3年やってきて分かったのは、触感を言葉で書くのは難しいということだ。
「親指の腹で潰したときに、湿りを残してわずかに撓む」と書いても、若い蔵人が同じ感覚で潰せるとは限らない。私が「撓む」と書いた粒と、彼が「撓む」と感じる粒は、たぶん違う。それを揃えるには、結局横で何回も触らせるしかない。
それでも、書く。
書かないと、私が辞めた瞬間に消える。書いたものが完璧でなくても、何かは残る。残ったものを、次の人が触り直して、自分の言葉に書き直してくれればいい。
事務所の窓の外は、もう真っ暗だ。
今期はあと中取りの上槽が3本残っている。あと半月で、今期の仕込みは終わる。
記録は今夜のうちに上げて、明日の朝、蔵人の引き継ぎノートにコピーを置いておく。
触感の欄は、今期はぜんぶ「良」だった。並も不安もなかった。これは、運がよかった年だ。