計算ミスの多い子のノートを、自分のノートに書き写してみた2週間
計算ミスの多い子のノートを、自分のノートに書き写してみた2週間
今年度の6年生のYくんは、計算ミスが多い。
入塾テストの算数は偏差値で60を超えていて、解法の理解は学年でも上位なのに、確認テストで取りこぼす点数のほぼ全部が計算ミスから来ている。「気をつけて」と言って直る種類のものではない、というのは2回の確認テストで分かっていた。
4月の頭、私は少し変わったことを試してみた。
Yくんが2週間ぶんに解いた塾教材の解き直しノートを借りて、それを私が自分のノートにそのまま書き写す、ということを2週間続けた。借りるといっても、毎週末にスキャンしたコピーを返すだけのことだ。Yくんには「先生も同じ問題を解いてみたいから」とだけ言って、本人もそれで納得していた。
ノートの書き写しは、地味だが時間がかかる。
平日の授業終わりに教室の自席で、1日30分くらい。2週間で6時間ほどかけた。同僚の講師には「何やってるの」と聞かれて、「ちょっと観察してる」とだけ答えた。説明すると長くなるし、自分でもうまく言えていなかった。
1週間目: 書き写しているうちに、見えてきたもの
最初の3日くらいは、ただの作業だった。
Yくんの筆算を、私のノートに同じ配置で書き写す。問題番号、設問、計算過程、答え。Yくんの字は丁寧で、消しゴムの跡も少ない。これがミスが多い子のノートなのか、と最初は不思議だった。
ところが、4日目に、最初の引っかかりが来た。
Yくんの筆算は、繰り上がりの「1」を、桁の上ではなく、桁と桁のあいだの「斜め上」に書く癖があった。これは、よく見ないと気づかない。書き写しのために自分の手で同じ位置に「1」を置いてみたら、次の桁を足すときに視線が一瞬迷う。私の手が止まった。Yくんの繰り上がりの「1」は、3桁の数字に進むと、どこの桁から繰り上がってきたのかが、書いた本人でも瞬時に分からなくなる配置だった。
これは「不注意」ではなかった。
ノートの書き方の、物理的な配置の問題だった。
5日目には、似た癖を分数の計算でも見つけた。
通分するときの分母を、Yくんは元の分数の左横ではなく、ノートの一番下に集めて書いていた。1問の解答スペースの中で、通分の作業が下に飛んでいる。元の分数を見ながら通分の結果を確認するために、視線がノートの上下を往復する。1問のなかで往復が3〜4回起きる。私が同じ書き方で1問解いてみたら、私自身も1回桁ずれを起こした。
これは私が驚いた瞬間だった。
Yくんのミスは、Yくんの「注意力」とか「集中力」とか、本人の性格に紐づいた問題だと、私は半分くらい思っていた。書き写してみたら、本人の性格はまったく関係なかった。書き方の癖が、ミスを物理的に発生させる装置になっていた。
自分も同じだった、と気づいた瞬間
書き写しの7日目くらい、私はYくんの繰り上がりの「1」の位置に手が慣れてきた頃に、自分の昔のノートを思い出した。
私は中学生のころ、数学の繰り上がりを、桁の上に小さく書くやり方が嫌いだった。
理由はもう忘れたが、なんとなく「上に書くと汚くなる」と思って、桁と桁のあいだに薄く書いていた。先生に直された記憶はない。直された記憶がないから、その癖は高校までずっと残った。高校の数学で計算ミスが多かったのは、たぶんその癖が遠因だったんじゃないか、といまにして思う。
Yくんは中学受験5年生の私と、同じノートを書いていた。
書き方の癖は、本人が気づかないまま、ミスを生み続ける配置をつくる。これに気づいた瞬間、私は書き写しを止めて、自分のノートに長文のメモを書いた。「Yくんのノートは、私の昔のノートだ」と書いた。
2週間目: 書き写すから、書き直す、に変えた
8日目から、私は書き写しのやり方を変えた。
Yくんのノートを写したあと、もう1ページ使って、繰り上がりの「1」を桁の上に書き直したバージョンを作る。通分の分母を、元の分数の真横に置き直したバージョンを作る。Yくんに見せるためではなく、自分の中で「ミスが起きにくい配置はどれか」を実験するためだ。
書き直したノートを、2日かけて自分で解いてみた。
結果として、繰り上がりの位置を直すと、3桁の足し算の桁ずれが明らかに起きにくい。通分の位置を直すと、分数の足し算の引き戻しが減る。これは私が体感したことなので、感覚値だが、はっきりした差があった。
ただ、ここで私は、ひとつ迷った。
Yくんに「書き方を変えなさい」と言うかどうかだ。書き方の癖は、本人の中では落ち着いていて、たぶん変えるのが苦痛になる。中学受験まで残り9ヶ月の生徒に、書き方を矯正する時間と労力が割けるかどうかは、別の判断になる。
Yくんへの伝え方を、3週目に変えた
2週間の書き写しが終わって、私はYくんに直接「書き方を変えなさい」とは言わなかった。
代わりに、確認テストの解き直しのときに、私の書き方で解いた解答例を1枚渡した。繰り上がりの「1」が桁の上に小さく書いてある、通分の分母が元の分数の真横にある、そういう私の書き方の見本だ。
Yくんに「これは私の書き方。やりやすかったら真似してみて」とだけ言った。
強制はしていない。Yくんは2日くらいかけて、自分のノートで試してみたらしい。3週目の確認テストで、Yくんの計算ミスは6問から2問に減った。これは2週間でたまたま下がっただけかもしれないし、書き方を変えた効果かもしれない。判断するには早すぎる。
ただ、Yくんの2問のミスのうち、繰り上がり起因のものはゼロだった。
これは確認テストの解答用紙を見て分かった事実で、私が解き直しのときに本人にも見せた。本人の表情が少し変わった気がしたが、これは私の主観なのかもしれない。
なぜ書き写したのか、いまだに少し恥ずかしい
最後に、自分の話を少し書いておく。
ノートを書き写すという作業を2週間続けるのは、塾講師の業務としては明らかに余計な時間だ。
同僚の講師にこれを勧めるかと言われると、勧めにくい。週に何百枚の答案を見る講師が、特定の生徒のノートを6時間かけて書き写すのは、効率の悪い指導法だ。指導書にも書いていない。
それでも、いまの私はやってよかったと思っている。
Yくんがミスを減らしたから、ではなくて、私自身が「ミスは性格ではなく配置から来る」というのを、自分の手で実感したからだ。これは数学の指導における、私の基礎の解像度を一段上げた経験だった。
ちなみに、Yくんに借りていたノートのスキャンは、もうすべて返した。
私のノートには、Yくんの筆算の書き写しが2週間ぶん、いまも残っている。これはたぶん受験が終わるまで取っておくと思う。Yくんの受験が終わったあとに、改めて見返して、何かが見えるかもしれないし、何も見えないかもしれない。それはそのときの私が決めることだ。