国内線の朝便と、国際線の深夜便で違う空港の匂い
国内線の朝便と、国際線の深夜便で違う空港の匂い
国内線の朝イチ便を2日続けて担当して、その翌週は国際線の深夜便に入った。
同じ空港の同じターミナルで、出発前のブリーフィングルームも同じ部屋を使う。なのに、空港の匂いがぜんぜん違う、ということに、改めて気づいてしまった。
書いておかないと、たぶんすぐ忘れる。
朝の国内線
国内線の朝便は、だいたい6時台か7時台の出発が多い。ブリーフィングは4時半とかになる。
私はその時間に羽田の制限エリアに入るために、3時半起きで電車に乗る。社員バスはあるけど、私のシフトの開始時刻だと使えないことが多いので、いつも電車かタクシー。
朝の羽田の制限エリアは、パンの匂いがする。
具体的に言うと、保安検査を抜けて出発ロビーに入ったあたりの、コーヒーチェーンと、サンドイッチを売ってるお店のあたり。あの時間に開いてる店は限られてるので、匂いが廊下にひとつだけ強く残る感じになる。バターと、薄く焦げたパンと、コーヒー豆の匂い。
搭乗待合室のお客さまは、ほとんどがスーツの人。
出張で日帰りなのか、私の便のあとに会議があるのか、みんなノートPCを膝に乗せて画面を見てる。声を出して話してる人はあんまりいない。たまにいる家族連れの子どもの声がよく通る。
機内に入る前、ボーディングブリッジの扉の手前で、外の匂いがちょっとだけ入ってくる。
朝の滑走路は、湿った金属の匂いがする。夜のあいだに溜まった夜露が、まだ蒸発しきってない感じ。これは深夜便の出発前のブリッジでは絶対しない匂い。
国内線のサービスは基本的にドリンクのみで、機内食はない。お茶とコーヒーとリンゴジュースを、1時間ちょっとの飛行時間で配り切る。ギャレーの匂いは、コーヒーの匂いが強い。
深夜の国際線
これとぜんぜん違うのが、深夜の国際線。
深夜便は22時台か23時台の出発が多い。ブリーフィングは2時間前から。
21時に制限エリアに入ると、もう免税店が閉店モードに入りはじめてる。化粧品のカウンターは半分照明が落ちてて、ブランドのロゴだけ妙に明るく光ってる。
このときの空港は、香水の匂いがする。
たぶん日中ずっと免税の香水フロアでテスターが噴霧され続けて、空気中に薄く溜まってるのが、人が減って空調も少し弱まる夜に、輪郭がくっきりしてくる、っていう感じだと思う。私の好きな匂いではない。でも「これから長距離行くな」って身体に切り替えが入る匂いではある。
搭乗待合室のお客さまは、観光の家族と、出張の人と、海外の乗継のお客さまが混ざる。
朝便と違って、子どもがすでに眠そうにしてたり、家族で大きいスーツケースを足元に置いて、夜行バスを待つみたいに座ってたりする。お客さまの私服率が一気に上がるのも深夜便の特徴。スーツの人より、スウェットとかパーカーの人が増える。
機内に入る前のブリッジで入ってくる外の匂いは、夜の滑走路の匂い。
ジェット燃料の匂いがちょっと強くなる気がする。これは気のせいかもしれない。風向きとか湿度のせいかもしれない。でも私のなかでは「これから10時間以上飛ぶ」匂いとして固定されてる。
ギャレーは深夜便だとオーブンが本格的に稼働する。
離陸して1時間後にはディナーサービスで温めが始まるから、機内の匂いは、温めた肉とかカレーとかの匂いになる。お客さまは「夜中なのにごはん」のテンションで、半分以上の人がそれでも食べる。ふしぎな時間帯。
同じ建物のはずなのに
朝便のあとに深夜便を担当して、はっきり思ったのは、空港は時間帯で別の場所になる、っていうこと。
朝のパンの匂いの空港と、夜の香水の匂いの空港は、地図上の同じ建物だけど、そこにいる人の目的も、表情も、ぜんぜん別。
朝のスーツの人たちは今日これから働く顔をしてて、夜のスウェットの人たちは今日もう働かない顔をしてる。
私たちCAは、たぶんお客さまよりも空港にいる時間が長くて、しかも朝も夜も両方経験する。
だから「空港」っていう言葉が指してるものが、人によって違うってことに、気づきやすい立場だと思う。普通のお客さまは、たいてい朝の空港か夜の空港のどっちかしか知らない。
私が国内線専門だった1年目のころ、空港の匂いは「パンの匂い」しか知らなかった。
それで「空港好き」って言ってた。いま振り返ると、半分しか知らずに好きって言ってたんだな、と思う。
書きながら気づいたこと
書きながら気づいたんだけど、私はたぶん朝のパンの匂いの方が好き。
理由はうまく言えない。仕事が始まる前の身体のテンションと合ってるのかも。深夜便のときは、香水の匂いに「これから長い」って身構えてしまう。
でも好き嫌いじゃなくて、両方の匂いを知ってる、っていう感じが、いまの仕事を続けてる理由の半分くらいにはなってる気がする。
朝も夜も、同じ建物の同じ通路を、違う匂いの中で歩いてる。
たぶん明日もそうで、その先もしばらくそう。