採蜜のタイミングを「気温より風」で決めるようになった理由

3 weeks ago
0

採蜜のタイミングを「気温より風」で決めるようになった理由

5月の連休明けに、今年最初のアカシア採蜜をした。
その日の朝、納屋で道具を並べながら、自分が何で今日と決めたかを考えていた。気温ではなかった。風だった。

風で採蜜の日を決めるようになって、もう10年近くになる。
これは自分の中では当たり前の判断軸になっているが、書いておく機会がなかったので、記録のつもりで残しておく。

教わったのは「気温18℃以上、晴れ」

養蜂を始めた頃に先輩のYさんに教わったのは、採蜜は気温18℃以上で晴れた日にやりなさい、ということだった。
これは合っている。気温が低いと蜂の動きが鈍くて、巣脾を引き上げたときに巣門に戻れない蜂が出る。雨が降っていれば、そもそも作業にならない。

20代から30代のうちは、この基準で十分だと思っていた。
天気予報を見て、気温が18℃を超える日を選ぶ。前日の夕方に道具を準備しておく。当日の朝、6時前に納屋に入り、機材を確認する。順番通りに進めていれば、それで採蜜は成立した。

ある年の5月、気温は十分だったのに荒れた日

10年ほど前のことだと思う。
5月の中旬、気温が19℃の予報の日にアカシア採蜜を組んだ。前日も翌日も気温が下がる予報だったので、その日しかなかった。

朝、畑に着いた時点で気温は16℃。少し低いが、午前のうちに18℃を超えるはずだった。
作業を始めると、巣脾を抜いた瞬間に蜂が落ち着かない。普段なら静かに巣門の前に戻る蜂が、巣箱の周りを乱舞する。途中で1群が興奮して、別の群の巣門に侵入しかけた。あの日は採蜜量は出たが、群への負担が大きく、その後の蜂児の幅が2週間落ち込んだ。

帰ってからノートを見返すと、その日の天気は「快晴・気温19℃・南風強め」と書かれていた。
気温は問題ない。問題は風だった。私は風を見ていなかった。

それから「風」を最初に見るようになった

風が強い日、特に巣門の正面から吹き付ける向きの風が強いと、出ていった蜂が戻りにくい。
帰りの蜂は、巣門の前で何度か旋回してから入る。風が強いと、その旋回がうまくいかず、地面に落ちる蜂が増える。私は内検中、これを地面で何度も見てきた。

それから、巣箱の中の対流も風で変わる、と感じている。
蜂は巣箱内で羽ばたいて温度と湿度を調整しているが、外の風が強いと、巣門から外気が入りすぎる。採蜜で蓋を開けた瞬間に、巣の中の安定が一気に崩れることがある。

物干しに干したタオルが、巣箱の前で揺れる角度を見るようになったのは、その失敗の翌年からだ。
タオルが垂直から30度以上振れる風だと、その日は採蜜を諦めることが多い。15度以下なら問題ない。15から30度の間は、巣門の前に1分立って、戻り蜂の様子を確かめて決める。これが私の判断手順になっている。

風の強さタオルの振れ採蜜可否
15度以下採蜜可
15〜30度巣門前で判断
30度以上翌日に延期

これは私の畑の物干しの位置と高さを基準にしているので、他の人にそのまま渡せる数字ではない。
ただ「身近な物の振れ」を基準にする、という発想自体は誰でも使えると思う。

気温は風の代替指標だった

10年やってきて気づいたのは、教わった「気温18℃以上」という基準は、実は風の代替だったということだ。
晴れて気温が高い日は、たいてい風も穏やかなことが多い。だから気温で判断しても、結果的に風が穏やかな日を選んでいることになる。

ただ、ここ数年、気温と風が一致しない日が増えている気がする。
朝から気温が高くても、午後に急に南風が強まる日。気温は低いが風はなく作業に向いている日。気候の変動なのか、たまたまなのかは私には判断がつかない。
分かるのは、気温だけ見ていると判断を外す日が増えている、ということだ。

今年のアカシアの蜜

今年の5月の連休明け、私はタオルの振れが10度くらいの朝に採蜜を組んだ。気温は17℃だった。
昔の私なら、気温が18℃に届かないので一日延ばしたかもしれない。けれど風が穏やかなら、気温の数字が少し低くても蜂は静かに作業をさせてくれる。
12群で約42kgの採蜜量。例年並みだ。

採れた蜜を、夜になってから少し舐めてみた。
口に入れた瞬間、いつものアカシアの透明な甘さが先に来る。それから舌の奥のほうで、薄い青葉の香りがゆっくり立ち上がってくる。これが今年の特徴だ。例年だともう少し白い花の香りが強いのだが、今年は緑寄りに振れている気がする。気温の上がり方が早かったぶん、若い葉の蜜が混じったのかもしれない。
口の中に残る時間も短い。さらっと消える蜜は、私は好きだ。重い蜜は重い蜜で良さがあるが、アカシアはこの軽さが本領だと思う。

来週、瓶詰めをする。
今年のラベルには「2026年・春・アカシア」とだけ書こうと思っている。それ以上のことは、舐めた人が自分で気づけばいい。

0
0
0