同じ豆を3ヶ月寝かせて、抽出の手応えがどう変わったか
同じ豆を3ヶ月寝かせて、抽出の手応えがどう変わったか
1月に焼いた同じ1ロットの豆を、3ヶ月にわたって週単位で抽出テストを取り続けた。
普段は焙煎して1週間から3週間の間に使い切るので、1ヶ月を超えるあたりからは私自身の経験もあまりない。今期は焙煎量と来客のバランスがちょうど良くて、テスト用に2kgを取り置けた。3ヶ月のエイジングを通して、抽出の手応えがどう動くかを観察するつもりだった。
豆はグァテマラ・アンティグアのフルシティ、1月12日の焙煎ぶん。
焙煎直後の生鮮な状態から、3ヶ月経って明らかにガスが抜けきった状態まで、2週間に一度のペースで同条件のテストを取った。それを今、4月の頭にまとめている。
観察の条件
豆は焙煎直後にハンドピックを済ませて、200gずつ袋に分けて窒素充填で密閉した。
店の保管庫の中段、温度18℃前後で寝かせた。テストのたびに袋を1つ開けて、その日のうちに使い切るやり方にした。一度開けた袋を再封して翌週使う方法は、変数が増えるので避けた。
抽出条件は固定。粉量15g、湯温88℃、湯量225g、蒸らし30秒、総時間2分50秒。カリタの3つ穴、グラインドは目盛り4。
TDSはアタゴの屈折計、感想はテイスティングしてその場で書いた。
週ごとの記録
| 経過 | 焙煎日からの日数 | TDS | 収率 | 蒸らしの膨らみ | 酸味 | 苦味 | ボディ | アフター |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 焙煎直後 | 1日 | 1.36% | 20.4% | 大(4cm) | 強 | 中 | 中軽 | チョコ・短め |
| 1週間後 | 8日 | 1.41% | 21.1% | 中(3cm) | 中強 | 中 | 中 | チョコ・中 |
| 2週間後 | 15日 | 1.43% | 21.5% | 中(2.5cm) | 中 | 中 | 中 | チョコ・長め |
| 3週間後 | 22日 | 1.42% | 21.3% | 小(2cm) | 中 | 中 | 中 | チョコ・長 |
| 1ヶ月後 | 30日 | 1.40% | 21.0% | 小(1.5cm) | 中弱 | 中 | 中 | ナッツ寄り・中 |
| 2ヶ月後 | 60日 | 1.34% | 20.1% | ほぼなし | 弱 | 中強 | 軽 | 紙寄り・短 |
| 3ヶ月後 | 90日 | 1.28% | 19.2% | なし | 弱 | 強 | 軽 | 木質・短 |
焙煎直後から1週間目までは、ガスとの戦い
焙煎して翌日、テストで淹れたカップは、蒸らしのときに粉が大きく膨らんだ。
4cm近く盛り上がって、ガスが抜ける勢いで湯が周辺に逃げる。これでは抽出が安定しない。1日目のTDSが2週間目より低いのは、ガスのせいで湯が粉と十分に触れていないからだ。
焙煎直後の珈琲が美味しくない、と言う人もいるが、私はそういう言い方はしない。
ただ、淹れにくいのは確かだ。豆の中の二酸化炭素が湯と粉の接触を邪魔して、抽出のコントロールがしづらい。焙煎直後の方が「ガスが新鮮で旨い」と評価する人もいるが、店で安定して同じ味を出す立場としては、淹れにくいだけの状態だと思う。
1週間経つと、ガスの大半が抜ける。
膨らみは3cmくらいに落ち着いて、湯が均一に粉に届くようになる。TDSが上がり、収率も上がる。一般的に「焙煎から1週間が飲み頃」と言われるのは、たぶんこのことだ。
2週間目から3週間目が「使いやすい」
ここが今回一番気づいたところだった。
TDSと収率の数字は、2週間目から3週間目にかけて頂点に近い。ただ、それは「美味しさのピーク」というよりは「抽出の安定のピーク」と言う方が、感覚としては近い気がする。
何が違うかと言うと、抽出条件が少しぶれても、味が大きく崩れない、ということだ。
湯温を1℃間違えても、湯量が10g多くても、出てくる珈琲の質が安定する。1日に40杯前後を淹れる店としては、これがありがたい。3週間目の豆は、私が体調の悪い日に注ぎがぶれても、ちゃんとした珈琲になってくれる。
これは数字には出てこないが、店をやっていて一番大事な感覚だと思う。
美味しさは一杯のピーク値で語られるが、商売は再現性で成り立つ。
1ヶ月を超えると、別の豆になる
1ヶ月を過ぎたあたりから、感想欄に書く言葉が変わり始めた。
最初の3週間は「チョコ」だったのが、1ヶ月目で「ナッツ」、2ヶ月目で「紙」、3ヶ月目で「木質」になった。アフターの質感が、明らかに別の方向に動いていく。
2ヶ月目のカップは、苦味が前に出てきて、酸味が引っ込んだ。
これは劣化と言うべきか、変化と言うべきか、迷うところだ。お客さんに出すかどうかで言えば、私の店では出さない。ただ、深煎り好きの友人にこの2ヶ月目を飲んでもらったら、「これはこれで悪くない」と言われた。豆の個性ではなく、エイジングが作った別の何かを、飲み手によっては味として受け取ることもある。
3ヶ月目はさすがにダメだった。
苦味だけが強く出て、舌の奥に木の皮みたいな後味が残る。ここまで来ると、店で出す豆としては寿命が切れている。
ピークは「美味しさ」より「扱いやすさ」にあった
3ヶ月の記録を通して感じたのは、ピークというのは1点ではなく、目的によって違う場所にある、ということだった。
味の華やかさで選ぶなら、1週間目から2週間目。抽出の安定で選ぶなら、2週間目から3週間目。深煎りらしい重さで選ぶなら、1ヶ月目あたり。それぞれに「ピーク」がある。
うちの店は2週間目から3週間目の帯を狙って、焙煎から使い終わりまでを組んでいる。
これは美味しさを最優先したわけではない。1日40杯を、私一人の手で、同じ味で出し続けるのに向いた帯がそこにある、というだけのことだ。家でドリップする人なら、もう少し若い豆を選ぶのもいいと思う。一人で1杯ずつ淹れるなら、ガスが多くて扱いにくい豆も、面白く飲める。
商売の都合と、味の都合は、たまにずれる。
3ヶ月かけて確かめたのは、結局そういうことだった気がする。
メモを残しておく意味
これは私個人の記録だが、書いたものを、3年前の自分の手書きノートと並べて見たら、3年前は2週間目を「ピーク」と書いていた。
当時の私は、TDSと収率の数字が一番高い時期を「ピーク」と呼んでいた。今の私は、それを「扱いやすさのピーク」と呼ぶようになっている。同じ数字を見て、解釈が変わっていく。
豆は同じでも、見る側の私の方が、3年で少し変わったらしい。
来年もまた同じテストをやろうと思っている。来年の自分が、また違うことを書くかもしれない。それはそれで、たぶんいいことだ。