入浴介助の前に、必ず体温と血圧以外で見ている2つのこと

入浴介助の前に、必ず体温と血圧以外で見ている2つのこと

入浴介助の前のバイタルチェックは、どこの施設でも手順が決まっています。体温、血圧、脈拍、SpO2。これが基準値の範囲内に収まっていれば、原則として入浴可。基準を外れたら中止か、看護師に相談。マニュアルはそう書いてあります。

私も介護福祉士になりたての頃は、そのマニュアルだけを頼りにしていました。
数値が正常なら入れる、数値が外れたら止める。それで判断していた。
いまもバイタルチェックは絶対に省略しません。ただ、5年目になったいま、バイタルが全部正常でも「今日は入れないほうがいい」と判断して中止することが、月に1〜2回あります。

中止判断のときに私が見ているのは、数値ではない2つのものです。
後輩への引き継ぎを考えるなかで、自分のなかでも言語化しておきたくなったので、書き留めておきます。新人スタッフの教育用にもなる気がして。

1つ目: 顔の表情の左右差

入浴介助の準備でユニットに行くと、利用者さんに必ず正面から声をかけます。
「Mさん、おはようございます。今日はお風呂の日ですよ」と、目を合わせて、ゆっくり。このとき私が見ているのは、相手の返事の中身ではなく、顔の左右差です。

具体的には、まぶたの開き方が左右で違わないか。口角の上がり方が左右対称か。眉の動きに片側だけ遅れがないか。声をかけたときに、片頬だけ反応が鈍いことがないか。

これを見るようになったのは、3年前のMさん(80代女性、軽度の認知症あり、入居3年目)の件があってからです。
あの朝、Mさんのバイタルは全部正常でした。体温36.6度、血圧132/78、脈拍70台、SpO2は98。マニュアル的には完全に入浴可。けれど、朝の挨拶のとき、Mさんの左のまぶたが、いつもより1ミリくらい下がって見えた。表情の左半分が、なんとなく硬い気がした。

私はその場で入浴を見送って、看護師に相談しました。「数値は正常ですが、表情が気になります」と。
看護師がもう一度バイタルを取り直したら、5分の間に血圧が148まで上がっていた。最初の測定からわずか10分後の変化です。協力医療機関の医師に連絡して、午後に受診。結果としては大事には至りませんでしたが、軽い一過性のものが疑われる、と言われました。

あのとき私が見ていたのは、医学的な所見ではありません。Mさんのいつもの顔と、今日の顔の差分です。それが左右差として現れていた。介護福祉士が病気を診断することはできません。でも「いつもと違う」を察知するのは、毎日同じ人を見ている私たちの仕事のはずです。

2つ目: 朝の水分摂取量と、その朝の排尿

2つ目は、もっと地味な観察軸です。
入浴前の30分以内に、利用者さんがどれくらい水分を摂ったか、そしてその朝の最初の排尿があったかどうか。

ユニット型の特養では、朝の水分摂取量は記録に残っています。私は入浴介助の担当に入る前、必ず記録を見て、朝食時の水分摂取量を確認します。さらにユニットの介護スタッフに「Mさん、今朝は排尿ありましたか」と聞きます。

なぜこれを見るのかというと、入浴の温熱負荷というのは、見た目以上に体液バランスにくる、というのを現場で何度も見てきたからです。
入浴前に水分が足りていない状態で湯につかると、入浴中や入浴後にふらつき、起立性の血圧低下、それから「気分が悪い」と訴えるケースが起きやすい。これは経験的にも知られていることですが、私のなかでは何回かヒヤリとした記憶がついている観察軸です。

特に夏場と、冬場の暖房がよく効いた朝。
高齢者は喉の渇きを自覚しにくい。朝食でお茶を半分しか飲んでいない、その日の最初の排尿がまだ、というような朝は、私はリクライニング浴に切り替えるか、入浴自体を午後に延期します。これは中止というより「タイミングを変える」判断です。30分ほど水分を摂ってもらってから入る、という選択肢が、現場にはあるのを忘れないようにしています。

去年の8月、Fさん(70代女性、入居5年目)が朝食でお茶を3口しか飲んでいなかった日があって、入浴前の確認で気づきました。本人は「お風呂入りたい」と言っていたのですが、30分待ってお茶を飲んでもらってから入浴に切り替えた。あの判断は正しかったと思っています。あの日は気温34度で、ユニット内も暑かった。

なぜ「数値」だけでは足りないのか

バイタルは「いま、この瞬間の身体の状態」を測る数値です。
入浴介助で本当に怖いのは「いまから30分後、湯につかったあと、出たあとに何が起きるか」のほうです。30分後の身体に効いてくるのは、いまの数値より、もう少し奥にある何か、です。それを言葉で説明するのは難しいのですが、表情の左右差や、その朝の水分のバランスは、その「何か」の手がかりになっている気がしています。

ここで難しいのは、これらの観察軸は、絶対的な判断基準ではない、ということです。
表情の左右差を見て中止した日に、本当に何かが起きていたかどうかは、後から振り返っても断定はできない。あの日のMさんの軽い変動が、入浴したことで悪化したかどうかは誰にも分からないし、しなかったから悪化しなかった、と言い切るのも違う。私が選んだのは「中止する」という選択肢で、その結果として何も起きなかった、というだけです。

ただ、介護の現場では、「何も起きなかった」を選び続けることが、いちばん大事だと思っています。
派手な見立てや、鋭い診断ではなく、いつもと違うかどうかをただ拾い続ける。バイタルの数値の手前で、目で見て、顔を見て、その日の利用者さんの状態を感じ取る。それが、5年目のいま、私が後輩に引き継ぎたいことです。

新人の頃の私は、マニュアルに書いてあることを正確にやれば仕事になると思っていました。マニュアルは大事です。
ただ、マニュアルの数字の手前にいる、その人の今日の身体の感じ。それを毎日見続けることが、たぶん介護福祉士の仕事の中心にあるのだと、最近よく思います。

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