ヒヤリハット報告を、書く側が書きやすくする3つの工夫

ヒヤリハット報告を、書く側が書きやすくする3つの工夫

ユニットリーダーになって3年目になります。
最初の1年、私が一番悩んでいたのは、ヒヤリハットの報告がぜんぜん出てこないことでした。

うちのユニットは入居者10名、スタッフは常勤と非常勤を合わせて8名。月に1件出るか出ないか、というレベル。それが現場で何も起きていない、ということではないのは、リーダーの私が一番分かっていました。日勤で記録を書いていても、申し送りを聞いていても、「いまの、ちょっと危なかったな」という場面は週に何度もある。なのに、紙の報告書にはならない。

最初は「報告してください」と何度も呼びかけました。朝礼でも言ったし、個別にも声をかけた。何も変わりませんでした。
変わったのは、私のほうが、書いてもらえる仕組みを作ろう、と諦めて方針を切り替えてからです。

この3年で試行錯誤して、いまの形に落ち着いたものを3つだけ、書いておきます。同じようにヒヤリハットが伸びなくて困っている主任さんやリーダーさんに、なにかの参考になればと思います。

工夫1: フォーマットを「3行で書ける箱」にした

最初のフォーマットは、5W1Hが全部埋まる用紙でした。発生日時、発生場所、対象者、状況、要因、再発防止策。介護業界では一般的なフォーマットで、施設長が前職から持ってきたものをそのまま使っていました。

これが書きにくい、と気づくのに半年かかりました。
書く側の負担を考えると、夜勤明けで眠い頭で、A4の1枚を埋めるのはきつい。書いている時間も10分や15分かかる。1件のヒヤリハットに、その時間を割く理由を、書く側が見つけられない。書かなくても怒られない。だから書かない。

私は施設長に頼んで、ユニット内のローカル運用として、A6サイズの付箋型のフォーマットを別で作りました。

[ いつ ] _____________________ [ どこで ] ___________________ [ 何が ] _____________________

3行だけです。30秒で書ける。
要因も再発防止策も、書かなくていいことにしました。それはリーダーである私が、提出後に書く側と一緒に考える仕事だ、と整理し直したからです。書く側にすべてを背負わせない。書ける範囲だけ書いてもらう。

最初、施設長は渋い顔をしました。「これじゃ報告書として体をなしてない」と言われた。でも、出てこないA4より、出てくるA6のほうが現場としては圧倒的に意味がある、と私は思いました。半年やらせてくださいと頭を下げて、押し通しました。

工夫2: 「ヒヤリハット」と書かず「気になったこと」と呼ぶようにした

これは小さい変更ですが、私のなかでは一番効いた工夫です。

「ヒヤリハット」という言葉が、書く側のハードルを上げていたことに気づいたのは、新人のFさんがぽろっと言ったひとことでした。「ヒヤリハットってほどじゃないんですけど、ちょっと気になることがあって」。Fさんはそう前置きしてから、夜勤帯にMさん(80代女性、入居3年目)がベッドの柵をつかむ手が、いつもと違う角度だった、という話をしてくれました。

これはヒヤリハットです。私の感覚では、明らかに。
でもFさんのなかでは「ヒヤリハットというほどの大事ではない」だった。「ヒヤリ」と「ハッ」とした、と書かないと出してはいけない、という暗黙のラインが、書く側にあったらしい。

それから、フォーマットのタイトルを「ヒヤリハット報告書」から「気になったことメモ」に変えました。提出箱も「気になったこと、ここに入れてください」と書いて貼り直した。
これだけで、提出数が3倍くらいになりました。中身は変わっていない。むしろ「ヒヤリハット」とは呼ばないような、もっと小さな違和感が拾えるようになって、私としては質が上がったと感じています。

「言葉が現場をつくる」というのを、このときちゃんと実感しました。書く側の心理的ハードルは、フォーマットだけじゃなくて、呼び方にも宿っている。

工夫3: 提出後の「読まれた感」を返すルートを作った

3つ目は、書いてもらったあと、です。

書く側にとって、ヒヤリハットを書いて提出箱に入れたあと、それがどうなったのか分からないのが一番つらい。書いたのに何も起きない、と感じると、次から書かなくなる。これは私自身が新人のとき、強く感じていたことでした。
「書いても、誰も読んでないんじゃないか」「書いても、何も変わらないんじゃないか」と。

私がいまやっているのは、提出されたメモに、その日のうちか翌日のうちに必ず付箋を貼って、書いた人のロッカーに返す、という運用です。付箋には2行だけ書きます。

読みました。Mさんの件、今日の申し送りで共有します。 ありがとう。

たったこれだけです。再発防止策をその場で書いたりはしない。それは別のミーティングで、ユニット全体で考える。私が個別に返すのは「読みました」と「ありがとう」だけです。

これをやり始めてから、書く側の表情が変わりました。前は提出箱に紙を入れるとき、ちょっとうしろめたそうな顔をしていた人が、いまは「これお願いします」と私に直接渡してくれるようになった。提出というより、共有、というニュアンスに近い。

結果と、自分なりの所感

最初の月に7件だった「気になったこと」が、半年で月23件まで増えました。
件数だけ見ると「事故リスクが増えたみたい」に見えるかもしれませんが、現場の感覚では逆です。23件のうち、ほとんどは小さい違和感です。Mさんの歩行のリズム、Fさんの食事中のむせの頻度、夜間のIさんの呼び出しボタンを押す回数、そういうもの。

これらが拾えるようになったぶん、実際の転倒や誤嚥のヒヤリハットは、件数としてはむしろ減りました。半年前と比べると、月平均で2件減っています。たぶん偶然ではないと思います。小さい違和感を早めに拾えるようになると、大きな事故になる前に手が打てる。介護の現場では、これがすべてです。

書いてもらえる仕組みを作る、というのは、書く側の責任を軽くすることでも、報告の質を下げることでもありません。書く側のハードルを下げたぶん、リーダーである私の仕事は増えました。提出されたものを毎回読んで、付箋を貼って、返す。月23件ぶんの読みと返しを、業務の合間に挟むのはしんどい日もあります。

でも、それを引き受けないと、ヒヤリハットは出てきません。出てこないヒヤリハットは、現場では存在しないものになる。存在しないことになっているリスクが、いちばん怖い。
このことを、リーダーになって3年目の私は、ようやく実感しています。

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